なぜ、あめりか芋はあめりか芋と呼ばれるか

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新島の東側に広がる羽伏浦海岸。

近年侵食が激しく、美しい白砂はだいぶ減ってしまいましたが、新島に住む我々にとって大切な場所の一つです。

漢字で書くと『羽伏』。
伝説の鳥が羽を伏せた形に似ているとか、なにか神懸かり的な語源があるのかと思って博識な先輩に訊いたところ、あっさりと
「当字でしょうね」・・と^^;

「庶民が漢字を使うずっと前から地名というものはありますから、『はぶし』に、いつかだれかが『羽伏』というロマンティックな文字を当てたのでしょう」とのことでした。
新島には阿土山(あっちやま・本村から見ると宮塚山の奥の山、あっちの山だと思っていました)とか端端(はばた・新島の南端)とか平平(ひんてーろ、ひらのたいら・本村と若郷をわけていた山間部の平地)とか明らかに当字っぽいですが、特徴をとらえた地名も多いので、あながち全部当字とも思えないのですけれど。

 

地名ばかりではなく、新島の誇る名産品アメリカ芋も「なぜ、アメリカ芋はアメリカ芋と呼ばれるか?」という疑問が永らくつきまとっていますが、最近ふれあい農園の小林君が興味深い記事を書いていました。

なぜ、あめりか芋はあめりか芋と呼ばれるか

 

1492年のコロンブスの大西洋航路発見以降、
アメリカ大陸原産のさまざまな農作物が
ヨーロッパへもたらされ、そのひとつにサツマイモがある。

多種あるサツマイモの中から、
ある白いサツマイモがイタリアに渡り
栽培されるようになった。
その後、1830年代に、あるイタリア人家族が
このサツマイモをもって北米へ移住。
彼らはサンフランシスコ郊外の村でブドウ栽培をはじめるが、
この芋を「イタリアポテトー」と呼んで栽培をしていた。
なお、周りの人たちは、このサツマイモを
「シュガーポテトー」と呼んでいたという。
甘いサツマイモだったからだろう。 1897年に広島県安芸郡出身の久保田氏が渡米し、
そのイタリア人農場に雇われ働いた。
そして1900年、2個の「イタリアポテトー」をもらって
帰国した同氏が、翌年試験栽培をはじめ種芋の増殖に成功、
次第に周辺の知人も栽培するようになる。 久保田氏はこの白いサツマイモを
「七福薯(ひちふくいも)」命名した。
それは味など4つの点で優れているほかに、
だれにでも好かれながらイタリア・アメリカ・日本と
順次に3つもの国をまたがり渡ってきたからだった。

しかしこの名は普及せず、
サツマイモを栽培した知人たちは、
「イタリアの砂糖芋」とよび、
次第に「アメリカ薯」と唱えられ広がっていった。
※ただし、1927年に農商務省と農事試験場は
このサツマイモの品種名を「七福」としている。

 

やはりアメリカから伝わってきたという話で決まりのようです。

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糖度が高く、甘い芋なので近年では積極的に島外に出荷することになり、有名なお店でも扱っていただける機会も増えてきました。昔からアメリカ芋だったから、アメリカ芋でいいと思うのですが、農産物にアメリカというネーミングは売りづらいのですね。私も店頭やイベントで自信を持ってお薦めした芋焼酎を、アメリカ芋という名前だけで固辞されて、試飲もしてもらえなかったことがあります。

名前で販売の機会を失うのも悔しいので、生産者を中心にいろいろと話し合いました。自分も会議に参加させていただきましたが、とりあえず平仮名の『新島あめりか芋』というネーミングでいくようです。

弊社のページでも、今後は『あめりか芋』表記にしていきます。

 

食べてみなければわかりませんが、新島と青ヶ島出身者の音楽ユニット「島音流(しまねり)」の『あめりか芋の唄』を聴けば、どんな芋なのかだいたいわかります。

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どこかで見かけたら是非お買い求めください。

 

芋フェスタ2011

旧農協集荷場で芋フェスタ2011が開催されました。

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まずは芋に詳しい先輩方との芋談義。仕切りはラテン系のK氏ことふれあい農園小林君。

 

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アメリカ芋や明日葉を使った、料理コンテストも同時開催。これは明日葉ガナッシュのトリュフチョコ(嶋自慢入り)。

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食券の半券で投票します。

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各部門、優秀者に贈呈された新島ガラスのあめりか芋。

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これは展示されていた、特大サイズのあめりか芋。

明日もあめりか芋の蒸留です。しばし芋づくしの日々です。

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醪はこんな感じです。