貸し借りなしの「西ん風」

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新島というと、けっこう南国の島と思っている方も多いです。たしかに黒潮の影響もあって海洋性の気候、冬でも緑に覆われてるのでそういうイメージがあるのかも知れません。緯度でみると、山口県萩市、香川県高松市、三重県鳥羽市の延長線上にあり、南国・九州よりも北にあるのです。

太平洋に浮かぶ温暖な新島ではありますけど、西高東低の気圧配置で寒さが増してくる冬になると、島の天気は晴れていても荒れ狂うものがあります。それが15m以上の風速で吹きすさぶ季節風「西ん風」です。新島の気候の中で最も特徴的とされる現象です。

なぜ「西ん風」が発生するのか。『新島村史』によれば、冬の気候でよく言われれる「西高東低」の気圧配置で、西風が強い時はその配置が際だった場合に発生するとのこと。シベリア方面の高気圧から北西の強風が日本列島に吹き出し、それが本州の中部山岳地帯にぶつかって南北に分かれ、その南回りの強風が伊勢湾から遠州灘を越えて、西風となって新島に吹き付けるのだそうです。

古くから、島では「西ん風」は「貸し借りなし」と言わされてきました。冬の前半、風が吹かない穏やかな日が続いて安心していると、大寒を過ぎた頃合いに帳尻を合わせるかのように猛烈に吹き続けたりします。だから「貸し借りなし」。夏も近づく5月初旬、よそでは「八十八夜の別れ霜」「八十八夜の泣き霜」という言葉があるようですが、新島では「八十八夜の別れ西」という言葉もあって、これが最後とばかりに吹き荒れます。

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この強風は海難事故や漂着を招き、島内の産業や生活を左右する重大事でした。

伊豆七島の中ではサツマイモの栽培が1753年(宝暦3年)頃からと最も早く始まった新島なのですが、サツマイモを始めとする農作物の葉や茎を吹き飛ばす強風は最大の厄介者だったのです。サツマイモ栽培前は飢饉に喘いで死者も出ていた新島にとって、救荒作物の確保は死活問題。いかに風を避けるか、それは島の生存を賭けた闘いでもありました。

そこで、吹きすさぶ「西ん風」から畑と作物を守るために、新島では畝を小さく間仕切ってその間に木を植えたり竹垣を組んだりして暴風に備えます。そのため島の農業は、大型の農業機械を導入することが困難なのです。耕作と収穫の効率化の面でも「西ん風」の影響を受けているというわけです。

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でも、この厄介者の「西ん風」なんですが、片や島に幸を与えてくれる恵みの風でもあったのです。

西から吹き付ける強風は、磯海苔やハンバ(ハバノリ)といった海藻が育つのに欠かせません。磯で育つ海藻は「西ん風」が吹かないと出来が良くないといいます。自然の見えざる手は不思議です。また新島の代表産業である海産加工品でもそう。白身で柔らかく開き干しが有名なカシカメ(ブダイ)も冬場の特産品ですが、これも「西ん風」に当てないと美味く仕上がらないといわれています。

というわけで、夏の雰囲気とは全く違う、冷たく吹き荒ぶ新島の冬の風物詩「西ん風」。
夏の楽しい新島で友人と知り合って、今では立派なアマアニイ(奥さん)になっている女性がいます。付き合い始めたばかりの友人の部屋によく遊びに行き、楽しく飲んで盛り上がってはいましたが、冬場の家が軋むような猛烈な「西ん風」の夜に、彼女が「なにこの風?だまされたよ・・」と笑っていたのが思い出されます。
そういったところも「貸し借りなし」のようです。

参考文献:『新島歴史散歩』(新島観光協会 2017年)、『新島村史』(新島村 1996年)、『伊豆諸島東京移管百年史 別冊 新島編』(前田長八著 1981年)、『伊豆七島風土記』(山本 操著 1963年)